手首の親指側が痛い『ド・ケルバン病』——治りにくい原因を解剖学的に解明した私たちの研究
〜なぜ保存療法で改善しないケースがあるのか?手首の内圧から見えてきた真実〜
こんにちは、理学療法士の杉浦史郎です。
今回は、私たちが2022年に国際学術誌『Clinical Anatomy』に発表した研究をもとに、ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の治りにくさのメカニズムについてお話しします。
「手首の親指側が痛い」「物をつかむと手首が痛む」——こうした訴えは外来でも非常によく耳にします。こうした症状の多くはド・ケルバン病と呼ばれる病気ですが、なかには保存療法を続けても改善しにくいケースがあります。私たちの研究は、その理由を解剖学的・力学的なアプローチで明らかにしようとしたものです。
目次
ドケルバン病とは?
ドケルバン病は、手首の親指側を通る2本の腱(短母指伸筋腱:EPBと長母指外転筋腱:APL)が、手首の背側にある「第1区画」というトンネルの中で炎症を起こす病気です。
主な症状は以下の通りです。
- 手首の親指側(橈骨茎状突起部)の痛みと腫れ
- 親指を動かすと痛みが増す
- 物をつかむ・ねじるなどの動作で痛む
- 産後の女性や、スマートフォン・パソコンを多用する方に多い
治療は、安静・湿布・ステロイド注射・装具療法などが基本ですが、なかには何度治療しても改善しないケースがあります。その理由の一つとして注目されてきたのが、「隔壁(かくへき・septum)」という解剖学的な仕切りの存在です。
治りにくさの鍵:「隔壁(仕切り)」の存在
第1区画の中には、本来2本の腱(EPBとAPL)が並んで通っています。しかし、約半数の人では、このトンネルの中に「隔壁」と呼ばれる仕切りがあり、2本の腱がそれぞれ別の小部屋に分かれています。
この隔壁があると、注射や治療の効果が片方の腱にしか届かないことがあり、保存療法が効きにくい原因になると考えられてきました。しかし、隔壁がある場合の内圧がどのように変化するかは、これまで詳しく調べられていませんでした。
そこで私たちは、新鮮凍結遺体(献体)の手首を使った実験で、この謎に迫りました。
私たちの研究:手首の内圧を直接計測する
研究の方法
- 新鮮凍結遺体7体から得た14本の腕を使用
- 第1区画の中に圧力センサーを挿入し、親指を動かしたときの内圧の変化を計測
- 隔壁がある場合はEPB側・APL側それぞれに圧力センサーを挿入
- 3つの手首の角度(中間位・45°屈曲・45°伸展)でそれぞれ計測
結果①:隔壁があると、EPB側の圧力が著しく高くなる
計測の結果、隔壁の有無と内圧の関係について次のことが明らかになりました。
| 条件 | 平均内圧の変化 |
|---|---|
| 隔壁なし | 54.6 kPa |
| 隔壁あり・EPB側 | 81.7 kPa(最も高い) |
| 隔壁あり・APL側 | 32.8 kPa(最も低い) |
隔壁がある場合、EPB側の内圧が特に高くなることがわかりました。これは、隔壁によってEPB腱が狭い小部屋に閉じ込められ、腱への圧力が集中するためと考えられます。ステロイド注射をしても症状が改善しない場合、APL側には薬が届いてもEPB側には届いていない可能性があります。
結果②:手首を曲げると内圧が大幅に上昇する
手首の角度と内圧の関係も明らかになりました。
| 手首の位置 | 平均内圧の変化 |
|---|---|
| 中間位(まっすぐ) | 36.3 kPa |
| 45°屈曲(手首を曲げた状態) | 79.5 kPa(最も高い) |
| 45°伸展(手首を反った状態) | 50.4 kPa |
手首を曲げた(屈曲)ときに内圧が最も高くなることが示されました。スマートフォンを横向きに持って操作するときや、物をつかんで手首を曲げたときに痛みが強くなるのは、こうした内圧上昇が関係している可能性があります。
この研究が示す、治療への3つのヒント
① 装具は手首もしっかり固定する
従来のサムスパイカスプリント(親指を固定する装具)は、主に親指の動きを制限するものでした。しかし今回の結果から、手首を中間位(まっすぐの位置)で固定することが、内圧を下げるうえでも重要だとわかりました。装具を使う際は、手首もしっかり固定されたものを選ぶことが大切です。
② 超音波(エコー)検査で隔壁を確認する
隔壁の有無は、超音波(エコー)検査で確認できることが報告されています。保存療法を行う前に隔壁があるかどうかを確認し、ある場合はEPB側に正確にアプローチすることが、治療効果を高めるうえで重要です。エコーガイド下での注射は、より正確に薬剤を届けるのに有効です。
③ 改善しない場合は手術も選択肢に
隔壁が存在し、保存療法を繰り返しても改善しない場合は、外科的に隔壁を切開してEPB側の圧力を下げる手術が有効な選択肢となります。「注射をしても何度も再発する」という方は、この可能性を担当医と相談してみてください。
まとめ:「治りにくいド・ケルバン病」には理由がある
今回の研究からわかったことをまとめると、次の2点です。
- 隔壁(仕切り)があるとEPB側の内圧が特に高くなり、保存療法が効きにくくなる可能性がある
- 手首を屈曲(曲げる)させると内圧が大幅に上昇するため、手首の位置管理が治療に重要
手首の親指側の痛みがなかなか良くならないという方は、隔壁の有無や手首の位置管理について、一度専門家に相談してみることをお勧めします。
当クリニックでも、超音波検査を活用しながら一人ひとりの状態に合った治療を提案しています。お気軽にご相談ください。
参考文献:Sugiura S, Matsuura Y, Suzuki T, Nishikawa S, Toyooka T, Ohtori S. “Biomechanical assessment of the first dorsal compartment of the wrist: A fresh cadaver study with relevance to de Quervain’s disease.” Clinical Anatomy (2022). https://doi.org/10.1002/ca.23872